不登校児支援事業の理念と原則(2017/12/8)

1.はじめに
教育の目的は古来様々に論じられている。例えば、ジャン・ジャック=ルソーは「子供の資質を伸ばすこと 」、ハーバート・スペンサーは「子供の自立を図ること 」、エミール・デュルケムは「子供に将来の環境が要求する資質を発達させること 」、アリストテレスは「高徳な良き市民を育てること 」などと考えた。また、福沢諭吉は、「家内安全、天下泰平のため 」と言い、新渡戸稲造は、「自分より優れた後進を育てるため 」と書いている。
総じて、子ども達が生活を維持するための能力を身につけ教養を高めて、社会に貢献しつつ自らの幸福を追求する資質を涵養することと表現できるのではないかと思う。
 現代社会では個人が自給自足をすることは困難であり、社会の分業システムの中で自活することになる。そうすると読み、書き、そろばん(計算)の練習は必須であり、さらに各人の能力と適性に応じて、知育、体育、徳育および情操教育によって、子供たちがそれぞれの資質を伸ばし、生活を切り拓けるようにすることが教育の役割と言うことができる。
 学習が停滞した子供たちを放置して自立の方法を教えなければ、自立ができなくなって生活保護を受給せざるを得なくなるだろう。子供たちの生活能力を高める材料は学習指導要領によって規定された教育内容ばかりでないから、自立の意欲を育てる場は学校だけではないとも言えるので、学業が停滞している子供たちには、もっている資質を引き出すための何らかの手助けが学校以外の場でも必要である。
17世紀末にジョン・ロックが建議した ように、税金から生活費を支給している生活困窮者に技能訓練をして自立に導けば、彼らは納税者として社会を支える人材になり、道徳心も高揚して治安も安定することが期待される。不登校などで学習が遅滞している子供たちの数は、ジョン・ロックの頃の生活困窮者の数とは比較にならないくらい少ないので、税収の増加が期待できるものではない。しかし、学習が遅滞している子供たちを支援して彼らの自己肯定感を高めることによって社会の一体感が高まることが期待される。

2.理念
不登校児や親の都合で学習が遅滞している子供たちの一部は、寄り添い型学習支援施設やフリースクールなどが居場所となっている。これらの場で上手く学習習慣を習得し、あるいは友人関係を構築するスキルが高まれば、学校に通学して正規の学習過程に戻ることができるが、これが難しいことは明白だ。教育の専門家集団であるはずの学校が手放した子供たちを、素人のボランティアがいくら頑張っても限界があるということである。
抑圧された子どもたちの自己肯定感を取り戻し、義務教育のある時期の学習が欠落している子供たちに学習習慣を身につけるには、子供たちに寄り添う福祉の心と、欠落している学習領域を判断して丁寧に理解をはかる教育スキルの両方が必要である。
福祉の心と教育の心は、子供たちの尊厳を尊重しつつ自立を図るという点で共通であるので、支援する大人が愛情さえもって接すればどちらの支援にも対応できると考えがちであるが、これらには違う点も大きい。支援者は自らの経験を敷衍して支援することになるが、自らが経験しないことについては軽視しがちになるのが常である。福祉の立場に立つ人は、対象者が心の安寧を損なわないようにすることを優先するために、子供たちに若干の負荷をかけて潜在能力を開発することに消極的になりがちである。教育の立場に立つ人は、対象者が知的能力を伸ばすことに主眼を置くために、一般的な子供たちへの指導の延長ととらえて、子供たちの心的外傷や先天的障害などの特殊事情を理解する努力が不足しがちになる。個々の子供たちについて潜在能力の開発方法と特殊事情を共有した上で、支援方法を検討することが求められる。
昨年末に成立した教育機会確保法 では、不登校児に対する学校の責務を明らかにするとともに、不登校が問題行動ではないとの認識に立っている。子供たちが努力によって克服できないほどの先天的あるいは環境上の障壁があると考えて、障壁を除去する手助けをする方策が必要ということだろう。子供たちの自己責任とするのは間違いだということを銘記しなければならない。
教育基本法 によると、義務教育の目的は、①各個人の有する能力を伸ばしつつ、②社会において自立的に生きる基礎を培い、③国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うこと、とされている。さらに、子供の教育の第一義的責任を有する者は保護者とされている。しかし、子供たちにとって学校が義務教育の目的を達成できる場として機能しない場合の代替の居場所はなく、保護者が義務教育の目的を理解せずに子供たちの健全な発達を阻害する場合の代替責任者についても明らかでない。
従って、不登校児童を受け入れる組織においては、義務教育の目的を踏まえて、保護者及び学校と連携して、学習指導要領を踏まえつつもこれに縛られない学習を提供することが求められる。さらに、周囲に理解してもらえず自己肯定感が希薄な子供たちにとって、居場所となるような抑圧されない環境が大切であり、このような環境の下で学習意欲を高めることが求められる。

3.原則
不登校の子供たちの自己肯定感を回復するためには、職員及びボランティアが避けなければならない言動がいくつかある。望ましい対処の仕方を以下に列挙したいと思う。
①子供の状況を他の子供と比較せず、その子供の状況の改善だけを考えること。「世の中にはもっと不幸な人がいるからあなたもしっかりしなさい」とか、「あの子はこんな問題をすぐに解けるよ、あなたも頑張りなさい」などの言動は、子供たちを遠ざけてしまう可能性が大きい。
②子供たちが自力では克服できない障害に直面しながらも自立を図りたいと努力していることを信じて、彼らの尊厳と自尊心を尊重すること。指導に際しては同じ目線に立ち、上からの命令や指示と受け取られぬような言い方を工夫し、劣等感を刺激しないことが望まれる。
③不登校が問題行動ではないことを踏まえて、福祉の心を涵養し教育スキルを向上するよう努め、一方に偏ることのないようにすること。子供の状況の把握の仕方によって、職員やボランティアの中に子供への接し方に違いが生じることがあるが、その際は、当該児童をどのように指導するかとの大局に立って指導方針を議論し、随時見直しながら適切な対応を見出すこと。
④居場所を求める子供たちに対して、中学校での内申点が低くなるから高校入試に不利になるといった助言や、通学している子供たちと比較して勉強の時間が格段に少ないから将来就ける職業が限られるなどの予測は、子供たちを追い詰めるだけで状況を改善する効果はない。
⑤支援スタッフが自分の功績を誇示するために、指導に成功したのは自分の力、失敗したのはあの人の責任、などと考えないこと。組織が一体となって成功するように心をあわせたい。
⑥スタッフが自分の得意分野だけを教えて不得意分野に全く関わらないことは、子供たちに勉強する必要がないと表明していることと同等と思う。不得意科目についても最低限の指導ができるように研鑽するとともに、得意なスタッフとの連携を図るよう体制づくりをすることが望まれる。
不登校の子供たちを励ますとともに、不登校の連鎖を起こさないための方策も大切である。支援するスタッフの福祉の心のあり様や学習面での得意分野などによって子供たちへの接し方に違いがあることは十分に予測できることである。子供を中心にして、居場所を確保しつつ学習意欲を高めるために、スタッフの間の溝を埋める調整作業は綿密に行うことが求められると思う。以下に共有することが有効であると考えられる原則を列挙する。
①子供が個人として尊重され、能力に応じて教育を受ける権利を有すること を教育の現場で周知すること。十分な教育を受けられない子供たちが勉学の意欲をもっていいことに気づき、勉学意欲を回復するとともに、支援が充実するきっかけにもなるだろう。また、子供たちが親になったときに子供に教育を受けさせないことが不当なことだと認識するものとも期待される。
②学習指導要領に沿った勉学をすれば、高校の授業の理解が高まることを周知すること。
③学習指導要領に縛られない分野、例えば、ゲームや漫画、スポーツやダンス、芸能活動、コンピュータ関連の技術(プログラミング、アプリケーションプログラムの開発、デザインや作曲、表計算や文書作成など)の基礎が習得できる環境づくりや専門組織との連携が望まれる。
④学習指導要領を踏まえつつも個人の特性を伸ばせば、大学進学も可能であることを周知すること。多くの私学は受験科目を多様化しているおり、充実したカリキュラムを提供しているにもかかわらず定員割れしている大学もあるので、義務教育課程での集団になじめず不得意科目をもつ子供達でも、大学に進学して資質を伸ばす機会が拓かれている。大学では自分の興味に従って科目履修ができる自由度が大きいので、不登校児童などには義務教育よりも馴染みやすい学習の場であると思われる。
⑤不登校児支援事業を行う機関は、職員及びボランティアが、子供たちに対する指導方針について共通の理解をもつよう意思の疎通に努めることが肝要である。近年、考え方に違いがあるときに十分な議論をせずに誰かに一任してしまう傾向が見受けられる。議論の場は喧嘩ではなく、子供たちにとってより良いことの模索の場ととらえたいと思う。
⑥行政が解決策を見いだせないより深刻な事例には以下のようなことがある。家庭の事情などで学習が進まない子供たちに対して切れ目のない支援が必要であることを表明している が、支援する組織あるいは責任者の実体に触れていない。また、親が子供の教育について責任を自覚していない場合の代替責任者についても明らかにしていない。このような状況の下で子供たちを支援することには限界があるので、支援の仕方や限界についてスタッフの間で意見の相違が生じる可能性が大きいが、できる限り方針の統一を行うことが望ましい。

資料
 教育機会確保法
(基本理念)
第三条 教育機会の確保等に関する施策は、次に掲げる事項を基本理念として行われなければならない。
 一 全ての児童生徒が豊かな学校生活を送り、安心して教育を受けられるよう、学校における環境の確保が図られるようにすること。
 二 不登校児童生徒が行う多様な学習活動の実情を踏まえ、個々の不登校児童生徒の状況に応じた必要な支援が行われるようにすること。
 三 不登校児童生徒が安心して教育を十分に受けられるよう、学校における環境の整備が図られるようにすること。
 四 義務教育の段階における普通教育に相当する教育を十分に受けていない者の意思を十分に尊重しつつ、その年齢又は国籍その他の置かれている事情にかかわりなく、その能力に応じた教育を受ける機会が確保されるようにするとともに、その者が、その教育を通じて、社会において自立的に生きる基礎を培い、豊かな人生を送ることができるよう、その教育水準の維持向上が図られるようにすること。
 五 国、地方公共団体、教育機会の確保等に関する活動を行う民間の団体その他の関係者の相互の密接な連携の下に行われるようにすること。
(学校における取組への支援)
第八条 国及び地方公共団体は、全ての児童生徒が豊かな学校生活を送り、安心して教育を受けられるよう、児童生徒と学校の教職員との信頼関係及び児童生徒相互の良好な関係の構築を図るための取組、児童生徒の置かれている環境その他の事情及びその意思を把握するための取組、学校生活上の困難を有する個々の児童生徒の状況に応じた支援その他の学校における取組を支援するために必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
同法付帯決議
一 本法に定める不登校児童生徒に対する支援に当たっては、全ての児童生徒に教育を受ける権利を保障する憲法のほか、教育基本法及び生存の確保を定める児童の権利に関する条約等の趣旨にのっとって、不登校の児童生徒やその保護者を追い詰めることのないよう配慮するとともに、児童生徒の意思を十分に尊重して支援が行われるよう配慮すること。
二 本法第二条第三号に定義された不登校児童生徒への支援、その他不登校に関する施策の実施に当たっては、不登校は学校生活その他の様々な要因によって生じるものであり、どの児童生徒にも起こり得るものであるとの視点に立って、不登校が当該児童生徒に起因するものと一般に受け取られないよう、また、不登校というだけで問題行動であると受け取られないよう配慮すること。

 教育基本法
(義務教育)
第五条 国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。
2 義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。
(家庭教育)
第十条 父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。
2 国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。

 憲法
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
○2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

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