「しなさい」と言われてする勉強は面白くない。ゲームで遊んでいる方がよほど面白い。なぜ子どもたちは勉強しなくてはいけないのか? 残念ながら子どもたちが満足するような答えをもちあわせていない。勉強しなくても好きなことをして暮らせたらそれでいいのだから。
それでも私が学習支援に身を投じた理由は、勉強や研究をする楽しさを知ったからだ。知らないことを知った時や解き方もわからなかった問題を解くことができた時、どのような結果が得られるのかわからない実験をして新しい事実を発見した時。そんな体験を子どもたちにもしてほしいと思ったからだ。
学校の教科のうち面白いと思った分野を少し深く勉強すると、その先にはもっと面白い課題が待っている。数学は、一つの単元のルールを理解すると、すらすら問題が解けるようになる。国語は、言葉の意味と文章の展開に気をつけると、筆者が言いたいことがより正確に理解できるようになる。理科や社会では、自然のしくみや人間の行為について、自分の経験以上の知識を与えてくれる。絵画や音楽は、理性のルールとは違う、感性を表現する充実感や共感することの喜びを提供してくれる。その上勉強は、知性や感性を豊かにすることに加えて、生きてゆく上での武器をくれる。生活するためのお金をかせぐ手段を教えてくれる。これもまた楽しいことだ。
親は子どもより早く死ぬのが普通だから、子どもはいつかは自立しなければならないし、親からお金をもらっている限り自由に人生計画を立てることもできない。一生暮らしてゆけるだけのお金があるならともかく、多くの子供たちにとっては、一人で生きてゆける方法を探ることが、若者時代の生きる目的の一つと言っていい。
こんなことを言われると将来への不安から考えるのが嫌になってしまう若者もいるだろう。誤解しないでほしいのだけれど、私は勉強を強制しようという気などさらさらない。さっきも言ったように、私は子どもたちに勉強することの楽しさを知ってほしいと思っている。楽しいと思える分野を掘り下げて勉強していると他人がもっていない知識や技術が備わってくる。学校の教科はたくさんの材料を用意してくれているので、興味ある分野を見つけられる可能性が高い。子どもたちが楽しく知識や技術を身につけて、隠れた能力を開発するための手伝いができたらうれしい。
